私はかねてより“日本の現代の住まいが失ってきたもので最大のものは『情緒』である”と思っている。
『埼玉いえ・まち再生会議』の滋賀県の視察旅行で視た、山元春挙邸や近江八幡の商人の家に、“日本の家の情緒”を強く感じた。
まづは山元春挙(日本画家)の家の門はまさしく情緒への入り口である。
竹の絵の襖にはすずめの取っ手が、松の絵には千鳥の取っ手がついている。
変形の竹を、満月の夜のススキに見立てる粋は、生活のゆとりからくるのであろうか?
生活のゆとりなら現代社会のほうがはるかにあると思われる。
茶室の外に配した水鉢は、満月の月が映る様を座敷の人が見られるように考慮されている。
川の水は敷地内に引き入れられ(川戸という)、農具等の水洗いに使われている。
“広縁”は“日本の家の情緒”の代表である。日の当たらない東向きの書斎は外の緑を見ながらの情緒ある和室である。これらは二枚の写真は近江商家に育った、文学者:外村繁邸である。
榊住建の“ほっとする家”の原点に“現代の情緒”をおきたいと願っている。
埼玉・木の家・つくり人:小山